行政書士/FPになろうと思ったわけ

想定外の出来事

平成28年のある夏の日、珍しく社員全員集合が掛かり、突然の社長の一言。

「親会社の役員会で、子会社である我が社を、当年度末をもって隣地にある大企業に売却する(用地買収に応じる)ことが決まった」とのこと。

さあ、これからどうしよう。

 平成26年の定年退職の時に、再就職先について東京、大阪や博多などの都会であれば、いくらでも紹介先はあると言われたが、これまでさんざん単身赴任してきて、ようやく定年するというのにまたまた単身赴任などしたくないと言って、紹介された地元の就職先はやはり冴えない所で気が進まなかったので断り、自力で就職活動をして、何社か面接に行き、某社会福祉法人の事務長候補ということで職を得たが、親の七光りボンボン理事長とその取り巻き理事たちのあまりのバカさ(若さ)・ブラックさ加減に耐えかね、8か月で離職し、再び2か月ほど就職活動の後、ようやく某財閥系一部上場企業の100%出資子会社である機械製造会社の課長職に就いて1年余り、仕事は機械の製造に必要な部材の調達で、防衛省時代に培った経理・契約・調達などのスキルが活かせ、私にとっては楽な仕事であり、年金をもらえる年齢まであと6・7年この会社に居られれば、あとは悠々自適♪と思っていた矢先の出来事でした。

自分は何者?

 社長の突然の発表から何日間かは茫然自失状態だったが、仕方がないのでおもむろにハローワーク、転職サイトなどでの職探しを開始し、その助けになればと職業訓練や資格取得の検討も始めた。
 改めて自分のスキルを洗い出すと、防衛省時代は給与・旅費計算、債権管理、契約・調達・文書業務といった経理業務/書類作成のスペシャリストで、入札業者等の決算書の審査などもする職務上、日商簿記2級を持ち、加えて4年間の教官経験や、部下隊員の人事管理、学生時代の家庭教師をはじめ様々なアルバイト経験、防衛省定年後の二つの職業経験、個人での資産運用経験などなど、それなりの知識と経験はあり、人にアドバイスするような仕事でもできないかと思い、最初はキャリアコンサルタントの資格を取ろうと考えたが、自分の経歴やスキルからは、ファイナンシャルプランナーのほうが向いているだろうと考え直し、翌年5月の2級FP国家試験合格(AFPも同時取得)を目標に通信講座を受けることにした。

 地方での職探しは、都会と違って就職口そのものが少なく、やっと条件に合うところを見つけて応募しても、年齢が60歳間近ともなれば、表向きは年齢制限禁止という建前はあっても、書類審査の段階でまずハネられるばかりで、なかなか良い職は見つからない。
 それなら、いっそのこと個人事業主とかフリーランサーとか、独立して自分で何か仕事をするかと思うも、日商簿記2級とAFP資格だけで、保険・金融系会社に属さない「独立系ファイナンシャル・プランナー」として個人開業というのもなかなか心許ないものがあり・・・

家族環境(ひきこもり50/80問題)/親の介護

 会社の雲行きが怪しくなったのとほぼ同時期、もう10年以上前からうつ病、統合失調症を患い、GW前から重篤な心身症・意識不明状態で長期入院していた、50代の行かず後家の妹が、9月に入って奇跡的に退院できるまでに回復したので、偕老同穴(カイロウドウケツ)のように同居していた母(85歳・自営業)のところには戻さず、当面、私と私の家族が住む佐世保の自宅に引き取ることにし、大阪から佐世保への移動・転出入手続、障がい者認定、自立支援医療、障がい者支援施設入所など諸々の手続きをしてやる一方、妹の入院以降、独居老人となった85歳の母は、急速に認知症の兆候が見え始めたため、母の住む地域の包括支援センターに依頼してケアマネージャをつけてもらい、しばらくはデイケアで施設通いをしていたが、正月が明けると遠距離まで徘徊するようになり、他府県の警察や駅員に保護されるなどしたため、慌てて空きのある認知症対応グループホームを何とか見つけて入所させ、徘徊中にどこかへ置いてきたであろう通帳の再発行手続やら警察への遺失物届出、税務署や保健所への廃業届、固定資産税や公共料金の支払い、未払い債務の返済と取引の停止、不動産の登記情報確認等々の各種手続きや、ゴミ屋敷とまでは言わないまでも、足の踏み場もないほどモノだらけになった実家の片付け等のため、毎月のように大阪へ帰郷しなければなりませんでした。

 ある日、母を連れて定期の解約、年金の入金口座変更や、実家の床下収納で発見した大量の瓶詰め小銭の口座入金などのため手続きに行った郵便局の窓口の、同年配の男性係員の人が、母を連れて窓口を訪れた私を見て涙を流している。
 訊けば郵便局は近年、「高齢者みまもり事業」なるものを始めていて、昨今は、子供家族は隔地にいて、実家へはろくに帰省せず親と疎遠で独居老人のお宅が増えており、そのうち親が孤独死していても誰も気付かず、死後数日経って見つかるケースに遭遇することも珍しくなく、心を痛めているようであるらしかった。

行くべき道

 自分は親や兄妹のため当然と思い(仕方なく)やっているが、昨今は親子関係ですら、なかなか希薄になってきつつあるようで、こういう、不自由な人のために色んな手続きなどをしてあげることが仕事になるなら、これからますます高齢化が進むということを考えると、需要が増えることはあっても減ることはないんじゃないか?
 じゃあ、この高齢化社会の中で、いろんな手続きなどを、家族もできない、やらないような場合、誰が代わりにしてあげられるのか?
 弁護士とかはこんなことまでやらないだろうし、ひょっとして行政書士とか?と思い、いろいろ調べてみると、行政書士なら、自分のこれまでの約半世紀に得た知識・経験を活かして相談に乗ってあげたり、多種多様な手続きを代行してあげることも、行政書士法に基づき「業(なりわい)」として行えること、加えてファイナンシャルプランナーの知識・技能も、金融・保険・不動産・相続問題・税控除などなど、知らずに損をすることを防げたり、より良い社会生活を営む上で本当に役に立つこと、特に相続・遺言・遺産分割協議などの場面では、行政書士が取り扱う業務と相乗効果を発揮できると確信し、行政書士兼FPとして個人開業に踏み切ったのでした。

「組織に属する」ということ

 開業準備中、色々と情報収集をしている時に辿り着いた某ホームページで、「会社員は直接社会と繋がっておらず、ある意味「一人前の社会人」ではない。」とのコメントに目が留まる。
 それまで、組織に属して働くことが当たり前になっていた私は、これにはハッとさせられ、そのとおりだと思いました。
 会社員は、決められた勤務時間の間、身体を拘束され、自分の意に沿わない仕事もしなければいけないし、人の役に立っているという意識や、やり甲斐などを感じることはあまりないかわりに、仕事で失敗したとしても個人で責任を取るようなことはまずなく、毎月一定の給料をもらい、その中から税金や社会保険料などを会社が源泉徴収して自分の代わりに国や市町村に納めてくれる。つまり会社に「囲われて」いるようなものだというのです。

 組織に属して働く大多数の人間は、一定の年齢になれば、定年退職して「組織」の庇護を離れることになる。その後は今までいた会社に嘱託/請負で仕事をもらったり、アルバイト暮らしをしたり、そのうち完全に年金暮らしとなるが、いずれにしても、社員でなくなった時から職業は「会社員」ではなく「個人事業主」となる。
 遅かれ早かれ、人間いつかは「一個人」になるのだから、今そうなることに躊躇する必要などないと思うと、なんだか晴れ晴れとした気持ちになりました。

 今後は特定の組織の利益や上司のために働くのではなく、個人事業主として直接社会と繋がり、自分にできること、これがやりたいと思うことを、困っている人のため、社会のため、そして自分のためにやろうと思っています。